デスクの上に転がった、真っ二つにへし折れたボールペンを指で弾き、レベッカは胸ポケットから長年使い込んできたペンを取り出した。放送局が用意するプラスチック製のペンは、こういう時に頼りない。その点、良人が贈ってくれたこのペンは安心出来る。何しろ、その材質ときたら戦闘機と同じ素材を使っているとの触れ込みなのだから。ちらり、と横を見た彼女は、"指だけでボールペンをへし折った"姿に目を白黒させているマクワイト記者の何ともいえぬ表情に苦笑せざるを得なかった。画像がひとまずスタジオに戻される。表情を元に戻し、例の犠牲者たるボールペンをテーブルの下へと落として、レベッカは口を開いた。

「――それでは、新南魚沼支局で取材を続けているスミス記者とインターネット電話が通じています。少し聞き辛いかもしれませんが、現地のレポートを聞かせてもらいましょう。スミス記者、お願いします」

『はい、新南魚沼支局のスミスです。先日の広報官の記者会見でも伝えられている通り、新南魚沼市での生活物資・医療物資の欠乏は日々深刻なものになりつつあります。身の回りのものですと、例えばストーブ等の暖房器具や、それらを使うために必要な灯油が、今の新南魚沼では占領前の実に50倍という単価で取引される実状のため、一般市民の手元には行き届かないのです。このため、従来の魚沼では考えられないことに、11月に入ってから年配層を中心に凍死者の被害が広がり始めています。また、彼らの言う残党勢力、即ち魚沼軍の中で石川側に帰順した部隊というものは実は皆無と言っても良い状態で、戦闘の末投降した部隊が多数存在すると言った方が正確です』

「スミス記者、それでは魚沼軍の残党勢力は、未だに魚沼各地で抵抗を続けているということでしょうか。先程の会見の内容と、現実との間にかなり乖離が見られるように感じられますが……」

『ええ、全くその通りだと思います。魚沼の西部地域には今でも魚沼軍の残存部隊が篭城している都市が多数あり、未だに散発的な戦闘が続いている状況です。そして、これが新南魚沼市の窮乏にも直結しています。戦地の部隊を維持するために必要な燃料・食料・資金といったものが軍需優先で使用される結果、民需に回される物資が枯渇していく悪循環に陥っているのです。会見とは別に伝えられている軍政部の方針によりますと、この状況を抜本的に改善する方策が近々公表されるとのことですが、その具体的内容が何を指しているのか、今のところ明確な回答はありません』

「スミス記者、ありがとうございました。また後程レポートをして頂きますので、待機していて下さい」

『分かりました』

再び画像がスタジオ内に戻される。どうやら元のビジネススマイルを取り戻したらしいマクワイア記者が「準備良し」と頷くのを確認してから、レベッカは再び話を進める。

「マクワイト記者、現地のレポートと今回の会見とで、全く相反する事実が伝えられているわけですが、石川軍政部が敢えてこのような会見に踏み切ったのは、どういった背景があるのでしょうか?」
「はい、石川はご存知の通り長い内戦に晒され続け、ようやく統一を果たしたばかりです。このため、世間一般的に認知されている経済活動の概念を、軍政部の担当官たちがほとんど理解していません。簡単な例を挙げてみますが、ある契約に基づいて、メーカーが製品を作り、納品に来たと仮定します。製品を受け取った依頼者は、契約に基づいて代金を支払うことになるわけですが、石川による占領後は、「その金額は不当な価格である。我々の考えるこの価格が妥当である」と言って根拠も示さずに一方的に価格を設定するようなことが魚沼で横行しているのです。ある食料品メーカーの話では、もともと畑に撒く種の代金が妥当であるとして、本来の金額のわずか1/50しか支払いを受けられなかったという被害が出たとのことです」
「それはひどい話ですね」
「そうなんです。そして、これが魚沼の物資欠乏を加速させている要因の一つでもあります。石川軍政部は魚沼周辺国との商取引の全てを停止したわけではないのですが、先程述べたような状況が続いているため、むしろ取引を行う企業側により拒否されているため、思うように物資の確保が出来ないのです。今回の会見は、そうした軍政部の焦りを背景にしている……そう分析するのが妥当です」

マクワイトは一旦話を区切りながら、足下に置かれていたボードを取り出し、デスクの上に置いた。それは、戦争が始まる以前、国際社会が石川に対して実施しようとしていた復興支援計画に関するものをリバイスしたものであった。ざっと見れば内容は簡単に分かる。復興支援のうち、実施されたものが一つも無いのだから。それを○×で明示すると、はっきりと状況が分かる。

「今ご覧頂いているボードは、石川に対する復興支援に関しての各国の現在の対応をまとめたものです。先のドブロニク上級大将の会見からそれほど時期が経たずに戦争が始まったこともあり、ほぼ全ての国が支援自体の凍結に踏み切っているわけです。なおソビエト連邦のニカノール首相は、魚沼政府首班からの要請であれば「あらゆる」支援に応じる用意はある、として、魚沼臨時政府のカークランド首相との合意を軍政部が得ることを条件に掲げ、実質的に軍政部との交渉自体を停止しています。そういった状況のため、今の魚沼に対しては、善意に基づくボランティアからの支援や、国際赤十字による医療支援といった非常に限定的なものに限られた支援しか行われていないのが実態です」
「この状況を受けて、アメリカ政府が新たなガイドラインを打ち出していますね?」
「はい、大統領の諮問機関からの提案がきっかけなのですが、一部の閣僚たちをメンバーとした特別委員会設立の動きが出てきています。これは魚沼国内において横行していると伝えられている民間人に対する非人道行為の実態調査のため、先の「事変調査団」から一歩踏み出して、相応の防衛戦力を有する調査部隊を派遣することを検討するとしています。この計画には、石川の旧友好国であったソビエト連邦政府も賛同する意志を伝えてきており、国際社会はこのような外交的外圧も活用しつつ、現状を改善する働きかけを今後強めていくことになると想定されます」
「では、ここでスミス記者に改めてお話を伺いたいと思います。スミス記者、お願いします――」