「――即答出来ない。考える時間をもらいたい」
「勿論ですよ、議長。準備が出来次第、私は六日町へ行かねばなりません。あなたの街で、答えを聞かせてもらいたいと思いますよ」
「六日町!?戦闘が終わったばかりのあの街に、仮にも暫定政府のトップが乗りこむつもりなのか!?」
「当り前じゃないですか。安全なところでのんびり構えているような政治家に、一体誰が付いて来てくれるんですか?基盤も何もない私に出来るのは、本当にこれくらいなんですからねぇ」

そう言いながら、カークランドはすっかりと白くなり、そして薄くなっている頭を撫でた。もともと濃くは無かったが、戦争が始まる以前のカークランドの頭は、まだ黒かったのではなかったか?あれから半年で、そこまで変わるものだろうか?見てくれとは別に、どうやら本当に苦労のし通しらしい首相の姿に、ベンティンクは改めて圧倒されたのであった。


ベンティンクが執務室から去ってから、カークランドは3本目の缶コーヒーの蓋を開けた。客人を見送った秘書が部屋に戻って来て、コーヒーポットに入れていたコーヒーを彼のマグカップに注ぎ、そして一息つく。彼もまた、緊張し続けていたらしい。二人でほう、と緊張の糸をほぐしにかかる。

「結局、色よい答えはしてくれませんでしたね、議長」
「いえいえ、あれで充分ですよ。彼とて、魚沼を良くしたいという信念は人一倍強い……本人はこの国一番と思ってるでしょうが……政治家ですからね。政治屋ではなく、ね。それが分かっているから、彼はゼネラルの息のかかった企業を切り捨てたんです。君もユーラシア大陸の現状はご存知でしょう?大陸全土を巻き込んだ戦争以後、もともと小国の連合体だったかの国では政府の信用が失墜してしまった。その代わりに、大陸を支える企業が政府を支える……いや、左右するようになりました。それはそれで新しい政治体のひとつなのかもしりませんが、その企業が実際にはただ一つの母体によって束ねられていたらどうでしょう?いやはや、それは形を変えた独裁体制になります。企業のトップは基本的に一人なわけですからねぇ。そんなわけで、私はユーラシア大陸の行く末が心配でなりません。ま、それより前に、わが国ですがね」
「しかし首相、我が軍を支援しているゼネラルの傘下企業にはどう対処するおつもりなのですか?」
「放っておきます」
「え!?」
「彼らも馬鹿ではありません。それに、資本はゼネラルから出ていたとしても、それを動かしている人間は魚沼の同朋でもあります。結果としてゼネラルにとっての「儲け」になるのなら、表立って妨害や反発をすることもないでしょう。それと、我々は与しやすい相手ではない、と彼らに思わせることも重要です。……まぁ、利用出来るところはお互いに利用する、というところでしょうね」
「はぁ、そういうものです、か」

ゼネラル・リソースの役員たちにとっては、何ともやり辛い相手が魚沼政府に居座った、ということになるのだろう。首相が新南魚沼にいる時に開戦となっていたならば、今頃とっくに首相は退陣させられていたに違いない。その代わりの人間が、企業の銭で左右されるような人材だった日には、今頃どうなっていたことか。秘書は背筋にゾクリとした寒気を感じたものである。

「しかしまぁ情けない話ですが、政治家というのは何かとお金のいるものですからね。語弊を招くかもしれませんが、スポンサーの存在は必要ではあるわけですよ。ところが我が党と来たら、すっかり飼い慣らされてしまいましたからねぇ。ま、身一つで放り出されたのは却って幸運でしたけどね。党のしがらみとは全く無縁の、自前の体制を整えられた、という点ではね」
「魚沼に戻ると仰られた時は驚きましたよ、本当に」
「帰りの航空券代をどうするんですか、と君に怒られましたからねぇ。ああ、その時の航空券代を魚沼航空に精算しなければなりませんね。……本当に、多くの人たちの好意に助けられて、ここまで来ましたね、我々。彼らの好意を無駄にしないためにも、企業の皆さんにはやり辛い相手であるベンティンク君の勢力の協力が必要です。戦争に勝った後も、勝ち続けるために、ね」
「勝ち続けるため、ですか」
「そう。物語なら戦争に勝ったところで終わりですが、私たちの舞台は現実が相手です。その先も考えていかなくちゃいけません。疲弊した国の再建、各国との調整、石川に対する戦後の賠償請求、仕事はいくらでもありますねぇ」

笑いながら、カークランドは三本目を飲み干した。さすがにそろそろ甘ったるくなってきましたねぇ、と呟いた彼は、冷蔵庫から代わりにサイダーの缶を取り出す。別の観点でも圧倒された秘書は、呆れた表情で首を振ることしか出来なかった。