「――北陸大陸共同体。ベンティンク議長もご存知でしょうが、ユリシーズの惨劇の前の北陸大陸各国で、その実現に向けた動きがありました。石川も含めて、その構想は現実に動き出せる寸前までまとまりかけましたが、その背景にはもう一つの理由がありました」
「もう一つの理由?」
「そうです。時代は80年代後半。未だに超大国同士の冷戦と軍拡は止む気配を見せなかったあの時代こそが、その理由です。北方のベルカの状況ともリンクしていると言っても良かったでしょうが、アメリカ・ソビエト連邦の強大な軍事力に対抗するには、北陸の軍事力を結集する必要性がありました。だから、政治体制としては相容れないはずの新潟、魚沼、石川はまとまろうとしたのです。目前の超大国、ソビエト連邦の勢力下に置かれないための軍事力を誇示し、北陸大陸の独立を守るために、ね」
「その時代はそうだったかもしれない。だが、現代とは何の関係も無いだろうに」
「その通り。ですが、そうは考えていない人たちもいました。南海トラフの惨劇が起き、石川は内戦で荒れ果てていく反面、魚沼は復興特需もあって経済的に大きく成長を果たしていきました。いつしか北陸共同体の構想自体も過去の産物と押しやられてしまいましたが、それを潔しとしなかった勢力は、魚沼においても暗然と存在していたのです。困ったことに、その方々は政府の要職に就いている方々ばかりでした。そんな誰かさんたちに、誰かが囁いたのですよ。魚沼を、北陸を世界の大国たらしめるためのシナリオがある……とでもね」

論客対決黙してカークランドの話を睨み付けるように聞くベンティンクの姿は只事ではない、と秘書は見て取った。いつもの調子なら「戯言を!」と一蹴している頃だろうが、淡々と語り続けるカークランドの話を今は遮ろうともせず、いやむしろカークランドが圧倒しているようにすら見える。否、押し切ろうとしているのかもしれない。

「"灰色の男たち"――その名は、議長も良くご存知でしたね?」
「知らないな、と言ったらどうする?」
「ふふ、ではそういうことにしておきましょうか。では逆に、今の魚沼と石川の戦争状態で、最も得をするのは誰だと思います?魚沼を手中におさめようとしつつある石川?残念ながら、市場経済を全く理解していない彼らでは、その恩恵を受けるどころか却って経済を駄目にして、国を駄目にしてしまうだけです。では新潟?いやいや、そこまであの国も腹黒くはありませんね。でも、企業は違います。戦争が続けば、あらゆる物資が動く。兵器だけでなく武器弾薬、食料品から衣料品、まさに戦争は一大ビジネス。国という境を超え、国家の形すら超えて、経済と資金を武器に世界を思い通りの方向に進められるとしたら?」
「話が見えないぞ、カークランド首相」
「では、あなたの一大勢力の支援企業の一つを不正取引と独占禁止法の抵触で告発し、徹底的な浄化を図ったのは何故です?かの大企業、ノース・アメリカ・グランダー・インダストリーとの密接な資本関係があったからでしょう?ああ失礼、今ではゼネラル・リソース・インダストリーでしたね。そしてかの企業は、間違いなく石川の背後にもいるでしょう。何しろ、今世界の中でここまでもめているのは魚沼と石川くらいのものです。これほど魅力的な市場は無いでしょうからね」
「確かに、首相の言う通り、国内にも彼らの手に染まった企業は残念ながら少なくない。私の支持者の中にもそういった企業がいたから、浄化をして頂いたまでのこと。でも、与党の中はいかがでしたかな?」

カークランドはにやり、と笑って見せた。その問いをこそ待っていた、とでも言うように。

「ポイントはそこなんです。"彼ら"にとって最も望ましい成果は、この戦争が玉虫色の結果に終わり、いつでも再開出来るような不安定な状況下に置くことだと思います。何とも情けない話ですが、新南魚沼に留まっている上層部の皆さんは、石川とはまた異なる、祖国にとっての敵と言っても過言ではないと思います。きっと、石川にも似たような人たちが少なからずいるのでしょう。ドブロニク上級大将も苦労されていると思いますよ。あちらは軍事政権。派閥の弱体化は権力の弱体化とイコールですからね」
「カークランド首相、待ってくれ。それでは何か、この戦争は石川が仕掛けたものではなく、石川が仕掛けるように仕向けられたことで始まった、と言うのかね?」
「その通りです。だから、私はこの戦争で、石川に勝利しなければならないのです。完膚なきまでに彼らを打ちのめして、ね。二度とこの北陸で同じような悲劇を繰り返さないためにも、この戦争は商売にならない、と思い知らせなければならないと考えています。――だから、あなたの協力が必要なんです、クルード・ベンティンク議長。この実に魑魅魍魎の住まう世界と化した、の政界を綺麗に洗濯してしまうには、"彼ら"の恩恵を受けていない人間の手が必要なんです」

そこまで言いきって、カークランドは二本目の缶コーヒーの蓋を開けた。ぽかん、と口を開けている秘書君とほぼ変わらない表情を浮かべながら、何度か首を振るベンティンクの姿を見て、カークランドは満足であった。ようやく論戦で勝てましたねぇ、と。事実、そうであったに違いない。いつもだったら、2倍、3倍の切り返しがあってしかるべきだった。だがベンティンクは、何も言い返すことが出来なかった。カークランドのシナリオに、突くべき論点を見出せなかったのである。缶コーヒーをぐい、と飲み干したカークランドは、両手を組み、ベンティンクに向かって身を乗り出した。

「もう一度お伝えします。ベンティンク君、私に協力して下さい。これはあなたにしか頼めない大役なんです。あなたと、あなたの協力者たちにしか、ね」

カークランドとベンティンクの視線が交錯する。無表情のカークランドに対し、ベンティンクは睨み付けるような視線をしばらく向け、そして少ししてから視線を外した。